4日目 リガからリトアニアの首都ヴィリニュスへ移動

 朝食後、一路リトアニアの首都、ヴィリニュスへ向かいます。
 途中、ラトヴィアのベルサイユ宮殿と称えられるルンダーレ宮殿と、無数の十字架で埋め尽くされた十字架の丘を訪れます。
 途中、ラトヴィアとリトアニアの国境を越えます。
 リガ〜ヴィリニュス間、約380q、所要、約6時間半。

 

 ここでリトアニアについて書いておきます。

 バルト三国では一番南に位置し、北はラトビア、東はベラルーシ、南はポーランドとロシアの飛地のカリーニングラード州に接しています。西はバルト海に面しています。首都はヴィリニュスです。
 国土面積は6万5300平方qとほぼラトビアと同じになっています。人口は358万人と、バルト三国中一番大きく、南の国に下るに従い、人口が多くなっています。


 1991年独立を果たすと、旧ソビエト時代に逃げ出した多くのリトアニア人が戻ってきて、ロシア人などは大量に流出して行きました。その結果、リトアニア人が全人口の80%を占めており、ロシア人の比率は8%と低く、そのため、領内の全住民に民族の差別なく国籍が与えられています。
 リトアニアは1940年、ロシアに併合されるまでは農業国でしたが、現在では経済の中心が工業に移り、それとともに都市化が顕著になり人口の67%が都市部に居住しています。
 リトアニアも他のバルト三国と同様、2004年にNATOとUEに正式加盟しています。
 リトアニアはドイツに近いこともあって、第二次世界大戦中はドイツ軍により約19万人のユダヤ人を含め25万人が殺され、ついでソ連軍がドイツを破った後は20万人以上のリトアニア人がシベリアの強制収容所に送られ、戦後はソ連によりほとんどの教会が閉鎖され、多くの聖職者も収容所に送られています。
 1939年〜40年にリトアニアのカウナス領事代理をつとめた杉原千畝が多くのユダヤ人難民に対し、日本通過ビザを発行して助けたことを記念して、カウナスの日本領事館跡に日本学センターが開設されています。
 リトアニアは、以前、旧ソ連時代に作った原子力発電所を使っていましたが、チェルノブエリの事故を受け、EUに加盟する条件として、ソ連時代の原子力発電所を使用しない事を受け入れています。その為、現在のエネルギーの80%をロシアに依存しています。




ホテル

 リガのホテルは一流でしたが、部屋のコンセントはこのような状態です。日本の一流ホテルならあり得ないことです。お国柄なのでしょうか。
 誰もが使える無料無線ラン装置がエレベーターホールに付けられていました。
 ホテルの前はとても清潔です。


 どこまでも平らな土地が続き、おもに牧草地になっています。
 リガからヴィリニュスまで、380q、約6時間半かかります。高速道路はありませんが、道路は一般に空いています。まだ、渋滞の経験はありません。




ルンダーレ宮殿

 ラトビアのベルサイユと称えられています。
 ロシアの女帝アンナに愛されたビロン公の夏の宮殿として1768年に完成しています。建設には延べ1500人の職人が参加しています。2階建ての宮殿で138の部屋があり、ココロ調の装飾が目を奪います。
 現在は博物館として公開、運営されています。庭園の美しさには驚きましたが、なぜか観光客はほとんどいませんでした。首都から離れており、交通の便が悪いためでしょうか。



 階段を上るとたくさんの部屋が続きます。



黄金の間

 部屋全体が金色で美しく輝いています。素晴らしい天井画も迫力があります。
 宮殿の中でもっとも豪華な部屋です。重要な儀式の時に使用されるのでしょう。



 廊下もまさに美術館です。



白の間

 部屋全体が白で覆われています。ここで舞踏会が行われたそうです。
この部屋に隣接して楕円形の磁器の間があります。磁器は日本製と中国製と書かれていました。



 赤い間も作られていました。



 広い部屋、狭い部屋など、美しい部屋がたくさん続きます。



 裏の庭園の美しさには、感嘆するばかりでした。本当に美しい庭園です。



国境を越える
 ラトビアやリトアニアはまだユーロ圏に加盟しておりません。そのため、国境には両替所が設けられて居ました。
 ここにも、昔のパスポート検査場がそのままになっていました。



十字架の丘(世界無形文化遺産)

 遠くに小さな丘が見えます。近づいてみると、おびただしい数の十字架が丘全体を覆い尽くしています。その数は100万本を越えると言われています。大きな十字架は無数の小さな十字架で覆われています。
 この地方の人は、結婚式や、洗礼を受けたときなど、人生の記念日には十字架を立てるのが習わしになっています。
 リトアニアがキリスト教化されたのは14世紀の終わりからです。それまでは自然崇拝の多神教の国でした。ここに建てられる十字架には、十字架が交差する部分に太陽を意味する飾りを付けて、自然崇拝の気持ちも入れ込んであります。
 この丘に十字架が立つようになったのは19世紀の事で、最初はロシア帝国に抵抗し犠牲になった人たちの慰霊のためでした。ロシア軍がブルドーザーを使って3度もこの丘を破壊していますが、いくら十字架を取り去っても、すぐにまた新しい十字架が建てられたそうです。
 400年以上も隣国により支配され続けてきたリトアニアの人たちは、独特の信仰感を持っていると言われています。
 現在、リトアニアの80%はキリスト教だそうです。
 この十字架の丘は「リトアニアの十字架の手工芸とその象徴」として無形文化遺産に指定されています。



ヴィリニュスへ

 再びヴィリニュスへ向けてバスは走り続けます。やはり牧草地と森林の中を走って行きます。
 ヴィリニュスに近づくと、立派なショッピングセンターなどが現れました。




ヴィリニュスに到着

 夕方、リトアニアの首都、ヴィリニュスに到着しました。ここも美しい建物が並んでいます。



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